昭和44年 10月10日 月例祭
(七時すぎに?)なりました、今日の御理解を半ばから頂いております。皆おる時が終わってから親子でこう出てまいりましてから、「先生やっぱ(とれだけ?)朝参りせなければいけません。その時に親先生のお話を頂かなければいけません。今日はほんとに有り難い御理解を頂きまして」と言うてお礼を言うんです。で、「今日の御理解のどこに有り難かったかね」とあたくしが申しますと、「信心の有る者と無い者のね、違いをこのようにはっきり教えて下さったという事が有り難かった」と言う風な事を言われるんです。
信心の有る者と無い者の違いを、この様に有り難く教えて頂いたと、あたくしどもの信心がなっておりません、いつも、夜の御祈念の時間に参って来るけれども、遠方ですから、やはりもう、それも御理解も頂かれん、こそこそ今日も帰られます、熱心に参ってきます。最近では、あー、娘の(やのよざきの?)娘の子達までこの頃お参りをして来るようになって、(ちょうど?)親子でその朝の御祈念に参ってくるようになった、ね
そして、「たまには先生朝参りをしなければいけません、たまには親先生の朝の御理解を頂かなければいけません。今日はおかげを頂いた」とこう言うのである。で、あたくし、どこの所を今日の、信心の有る者と無い者の違いを感じたのであろうかと、おー、後から思わせて頂くんでございますけれども、御理解の中にいつもこれはあたくしが、例を挙げて、取って申します。
「落ちぶれて袖に涙のかかる時、人の心の奥ぞ知らるる」と言う歌がある。「落ちぶれて、ね、袖に涙のかかる時、神の心の奥ぞ知らるる」ははあ、ここん所が違う。今朝私がその事の例を、おー、ひいて、お話したんです、ね。昨日も今朝も同じ御理解だったんです、ね、「神に会いたいと思えば庭の口に出てみよ。空が神、下が神」と言う御理解だった。今日もそれだった、もちろん、内容は違っとりますけれども、同じ御理解を頂きましてですね、やはり神に会いたいと思えば、庭の口に出てみなければ、と言うように、ね。
やはり、金光様にお目にかかりたいと思えば、大谷にいわゆる金光様、金光町、岡山に行かなければ、金光様にお目にかかれません、ね。と言うてその、お目にかかっただけではね、お目にかかっただけのものですから、ね、あたくしどもは、そこから信心を頂こうとするのですから、金光様の御信心の内容をです、それこそ、ひとかけらでも頂いて帰ってこうと言うのが、御本部参拝の願いなんです。また狙いであります、ね。ですから、その参っただけではいけん、やはり、お参りに来ただけではいけん、ね。いろいろと、都合があってお願いの事だけに参るから、昼でもよから夜でも良い。
けれどもその鳥栖のご信者さんが、あー、今朝から親子で言われるように、「先生、たまには朝の御祈念に参らないけません」少し心が、いわゆる、神様の心に触れようと言う心が、今朝から起きて来たと言う事が言えます。たまには、朝参りをしなければならない、本当に神様の方へ向けなけなければいけない、たまには、お話を頂かなければわかりません。いわゆる、金光様の御内容を頂かなければならんと言う事に、気がついてきたと言うわけです。
そうですね、ただ参ってお願いをして拝んで帰るというだけじゃいけん、やっぱりお話を頂かにゃいけんちゅう。そこから、信心の有る者と無い者の違いを、把握さしてもらおう、わからして頂こう、と言う信心態度というのがいると、ね。まあ、えー、調子の良い時には、それこそ、用の無い者まで、ちやほや言うて寄り付いておった者が、段々落ちぶれてまいりますと、もう前を通っても、すれちごうても、ね、ものを言うたら損するような顔をして、ね、あの人はあんな、あんなことなけりゃ家には住まんのだけれども、どのくらい家にお世話になったかわからんのだけれども、あたし達が落ちぶれたらもう、見向きもしないと言う、そこから悲しい心が起きておる。
「袖に涙のかかる時、人の心の奥が分かる」、ね。またそれと反対にです、そうでもないと思うておった人がです、落ちぶれて初めて、人の心の奥が分かったと言うような場合もありましょう。ほんとに人の親切に、初めて触れたと、言うような事にもなりましょう、ただし、信心の無い者は、まあせいぜい、その程度である、ね。そこに信心のある者はどういう事になってくるかと言うと、もちろん人の心の奥も分かりましょうけれどもです、ね、言わば、痛い痒いはもちろん、様々な、苦しい悲しいと言う問題に直面した時に、ね、いよいよ神様の思いの心の底から、わからして頂いたと、喜ばしてもらえる信心、ね。
ははあ、ここん所が、信心の有る者と無い者の違いだなあという事に、まあ、あたくしは今日感じたものでございます、ね。お互いが、その様な風に信心の有るもんと無いもんの違いを、感じれれるようにお育てを頂いておるであろうか。今日、4時の御祈念に合わせて、久留米の三橋先生の初代の、三橋先生の、弟にあたります方が、戦死をいたしております、大変いい人だったそうです。それが、戦死をいたしまして、ちょうど25年のお立ち日に今日は、ね、あちらは、えー、(とうちゅう?)の方が、全部仏教でございますから、えー、まあ、御霊様の事はどうにも出来ないけれども、まあ言うならば、主人の弟の、御霊のお立ち日である。
しかも25年と言う式年のお祭りですけれども、まあ、あー、兄嫁としてです、ね、三橋先生がそれこそ、心をあれこれと使うて、ね、せめて私一人だけでも玉串を奉らして頂けれるように、まあ、あー、お祭りを仕えてくれと言う事でございました。ちょうど4時の御祈念の合わしてさして頂いたんですけれども、そのお祭り前に、私今朝から非常に、えー、この風邪を、風邪気味で頭がいかん。(それからすぐ後でした?)、この扁桃腺が腫れます。
それで、あのー、午前中にあたくし、塩水でうがいをすると非常に、調子が良いですから、塩水でコップ一杯こうガラガラやって、やりましたらですね、何と、何か知らんけどですね、その塩水がこう飲み下した、はくの、飲み下したような気がして、飲んだんです。ところが、やはり、それこそのどがじがじがするほどに、塩っ辛いんですね。やっぱ塩辛いな、とあたしは思うて、こちらへ出てきてから、もう先生の話を聞かせて頂いてですね、驚いたんですけれども、家の弟は、あー、こちらから、あー、御電車に乗って戦地へ向かう途中で、その船(1艘が?)全部、沈没しましてね、全滅したわけなんです。
ですからもう、どのくらい塩っ辛い水を、苦しい思いで飲んで亡くなったかわからない、と言う話をするんです。いやー、私今日はそれを実際感じていたんだと、たった一杯の、一杯どころか半分の塩水ですら、この様に、じがじがするごとあるのに、それを飲んで言わば、死んでしもうたんですから。そう言うて話しておるうちにですね、あたくしは心の中に、感じる事です、そうでしたか、してみるとその、あんたとこの弟さんの、おー、(つえ?)というのは船一杯あるわけなんです、ね。
これは今日はどうでももう一回先生、そのたくさんの御霊様のね、まあ合同慰霊祭ちゅうとおかしい、大袈裟ですけれども、せめて、まあ心を込めたものでです、ね、あんたん所の弟さんだけでは無い、その船に縁を頂いて一緒に乗り合わせておって、戦死をなさった戦没有志の方達の為の、まあ、ささやかながらでも、慰霊のお祭りをさしてもらおうじゃないか。それからまた(あたらに?)、今日はたくさん、果物やお供え物が新鮮な物がきとりましたから、そう言うような物を、また新たに作りましてね、ちょっと時間が遅れましたけれども、そう言うお祭りをさせて頂いた。
有り難い。あたくしはね、ちょうど昨夜も12時ぐらいに休みました。皆休んでしまっておる、食堂は電気がついとりますから、あたくしあのー、消していった所が、向こうの釜戸の方に、あたしね、子猫がもうこの頃重体で、もう歩ききらんのです、もう寝てから立ちきらんのです。ほいで、そばに水やら、食べ物やら置いてやって、上から小さい毛布ばかけてあって、ああもういたれりつくせりで、子供達が面倒見ております。
大体あたくしは猫っていうのは大嫌いなんですけれどもね、(笑い)昨日あたくしその、電気を消そうと思うて、その釜戸の方をちょっと覗いたところがですね、段々がある一番上のまでその、子猫が上がってきてる、立ちもきらないと言うそれが、そして私は、「ああ、あんたもうここまで歩けてきた?」と言いましたらこう、めん玉をきょろきょろしてあたくしを見るんですよ。にゃおともいわんですけれども、もとにかくつぶらな目であたくしをじっと見てからですね、そのー、あたくしはもうそれがとっても、かわいそうになりまして、または、かわいくなりまして、ほんとに思わず神様にお礼を申し上げる心が起こってきた。
それからもう、(とよみは?)もう休んでおりましたけれども、その事を申しましたから、もうそれこそ喜んでまあ下りて来たんでしょう、今日はもう2階に寝せて、もう連れて行こうとしたから、らしいんです、ね。そう言う、例えばあの、その犬猫に対してでもですよね、例えて言うならば、心情とでも申しましょうか、ね、喜ばしい心が、動くという事が有り難い。
今日もたまたまの、奉仕をさせて頂く話しを聞かせて頂いたら、その時に船(1艘?)、その中に、一緒に亡くなられらた方達の、言わば、まあ合同慰霊祭と言うわけでもないけれども、ささやかながら、その聞いたその、縁によってあたくしが今日はその、お祭りをさせて頂いた。もうほんと、済んでから、今日はもうあんたんところの弟さんの御霊様のお祭りをして、頂いたと言うだけではなくて、その事を(機縁?)として、たくさん人がです、まあそれこそ、ささやかであろうけれども、あたくしどもの願いを聞いて喜んで下さった事であろう、親神様は喜んでくださった事であろうと言う、喜びに浸らして頂く事がでけた。
お祭りが済んで、すぐ御結界につきましたら、えー、ちょうど、(熊谷さんが?)2度目のお参りをしておられとりました、お供え持って。その後に、えー、高校生が、女の、高校生が2人で参って、1人がもう以前に参ってきた、(善導寺の堺さん?)というとこの娘さん、1人は初めての子供さん。あたくしもう、御霊さんのお祭りを仕えさせて頂いて、熊谷さんのその、果物を取り片付けさせて頂いての、そのー、あたくしの心の喜びを、熊谷さんにしばらくお話を聞かして、聞いてもろうた、本人たちも、まあ訳はわからんなりに、何とはなしに有り難いものを感じたようであった。
そして、「今日の霊祭、お参りはどういうな事だったのか」とあたくし、聞きましたら、実は、先生あの、この方のお母さんが、もう失眼寸前で、今、病院に入院して、その手術があるという事なんです。それで学校でもうとにかく、母が今日その、目の手術をしてもらうが、もうほんとにあくじゃろかあかんじゃろか、と言うて心配しておるのをあたくし、横から見まして、そんならあたくしがお参りをするとこの先生にお願いしなさいと言うて、今日学校から帰り道にこちらへ寄っておるのでございました、ね。
それであたくしその方に申しました。ほんとにその、親が病気をする、言わば目が悪い手術をするといやあ、それこそ勉強も手につかんほどに心配をする。もうこう言う素晴らしい、あたくしは心を信心で真心と言うものだと、子が親を一生懸命思う心、ね。そう言う、あたくしは心が神様に通わないはずは無いよ。それはただ、心配しておった、思うておっただけではないけれど、それを、お導きを頂いてこうやってお参りをしてきたのだから、神様がこのあんたの(こうしん?)にめでて、おかげをくださるに違いは無いよ、ね。
そのように、お母さんが大事であり、お母さんの事を思う、お母さんを、「お母さんが目が見えておる、健康であると言う時には、言う事も聞かん、口はけどにしてからね、もうそう言う人の心がしれん」、とあたくしが言うたら、涙がぼたぼた流しよる。「先生、私はもう親に口答えばっかりしてですね、普通は。もうほんとに母が病院に入院して、目が開くか開かんかと言う試練ばに立たせて頂いて初めて、その親の事を思わして頂いた」
「はあー、おかげ頂いた、お母さんはそれは苦しい修行となさるかもしれんけれども、あんたがそこがわかってこれから、そのお母さんにあんたが今思うておるような思いを持って、これからお母さんに、仕えていくというか、信心していくと言う事になれば、いよいよ有り難い事になろうの」と言うて、まあ話した事、ね、お互い様です。
親の事を思う、親がいよいよ、難儀な所になった時に子供は、この親にもう心配かけちゃあならんと思う、ね。それが心情に、それが真心になる。ね、だから、その心が、神様へ向けられると言う事が、神様がお喜びくださるはずは無いのだ。「だからこんりんざい、これから病気、今度は目が開いて帰って見えたならば、お母さんの言う事聞かにゃいけんよと、ね、こげん一生懸命抱いて思うておるものを日頃、お母さんに言い訳をしたり、お母さんをいじめたりすると言う事がね、ね、いかに、神様の心に叶わないかと言う事を今日わかったんだから、今日はおかげを受けて良かったなあ」ちゅってから、お話した。
お初穂にお母さんの名前だけ書いて、ふたのその、本人の名前を聞くのを忘れとった、ね。それであたしはまた、追いかけていってから、そっからおがるんだけどもおりませんもん。それから、あのー、高橋さーんとあたし、おがるんだら、向こうの方から声がしてきて、言ってみたらね、ちょうどわいどの下駄箱の所で、2人で必死に一生懸命何か腕組んで話しとるんでごたる。あたしはわからなかったけれども、今日の堺さんはお参りして良かったー。と言うておるような感じでした。
で、あたし、「あんたの名前聞くの忘れたから、あんたの事もねごとかにゃいかんけん、あんた名前なんて言うかね?」って言うて、まあ、聞かせて頂いてから、まあお取次をして頂いたんですけれどもね、お参りして良かったと、ね。信心と言うのはですね、おかげを頂く為ではありません、ね。御利益頂くためではありませんけれども、そう言うおかげに触れた所から、いわゆる、なるほど、今日は導かれて「神に会いたいと思えば庭の口に出てみよ、神に会いたいと思えば、お広前に行ってみよ」と言う事になるんです。
行ってみて、今度は信心と言うものが、目が開くとか病気が治るという事だけが、信心ではなくて、ね、そこから、神様の心をわからしてもろうて、神様の心に沿うて行こうと言う行き方こそが、信心なんだ。それを、あたくしは親孝行と言う事で、その人に聞いてもらった、ね。親を思い切実な心、それが真心、その真心を神様に向けられる心が信心なのだ、ね。だから、金光様の信心っちゃ難しい事じゃなかろうが。今晩もただ今あたくし、御祈念をさして頂いて、ほんとに、御利益、御利益だけ、おかげ信心おかげ信心じゃいかん。
信心を分からな、信心をわかるんだと、お話を頂くけれども、はあ、信心をわからなと言うから、ちょっともう、いやそげん信心信心ちゅってやっぱおかげも頂かにゃと言う部分が有るじゃないだろうか、ね。結局、信心とは、ね、どのような場合にでも、喜んでおれれる稽古、信心とはどのような場合でも、安心しておれれる稽古、ははあ、こう言う風に今日から言わにゃいけんなと言う意味の事を感じるから、私は今頂いた、ね。
御利益信心、お願い参りだけじゃいかん、そりゃお願いせにゃいかんです。痛い痒いがあるのもお願いせないかんけれども、それだけが、信心じゃあない。その、痛い痒いを通して、ね。あたくしはただ今、どのような場合であっても、心配せんで済む、安心しておれれる稽古をさして頂くのだと。どのような場合にでも、喜ばせて頂く稽古をさせて頂くのだと、ね、喜ばせて頂く稽古をさしてもらうのだ、安心の出来れるおかげを頂く為なのだ。
それはどのような場合にでも、安心しておれれる心を頂く為に、稽古に通うておるんだと言う事になればです、自分の思いが右になろうが左になろうが、問題ではなくなってくる。
自分が右に願っとったのに左になっても、その左になった事柄の中から、いよいよ神様の心の底をわからして頂いて、そこから喜びが頂けれる信心、ね。自分の心の中に今日も、熊谷さんが(?)のお参りされた時に、その事あたしが話すんです、その二人の女学生に。
今ここに参って来ておるおば様がね、今、今日、今晩月例祭だから、お供え物を持ってみえた、果物のお供えを持ってみえた。せっかくお供えをさせて頂くんだから、神様に喜んで頂くように、頂くようにといつも、心掛けておる。子供が、えー、どこどこの、お店で買ったりんごがとても素晴らしくおいしかったと言って話しておる。それを聞いて、「そんなら今日はそこのりんごを(いっちょ?)お供えさしてもらおう」と思うて、その、また、いつも買う所とは違った、そこのりんご屋に行かれた所です。
そしてまた、その、こうてからいつも買わしてもらう所の、果物屋の前を通ったら、それよりももっと見かけが見事な果物が出ておったと(言われる?)、ね。「先生、私の行き方が間違っておったのでしょうか?」とか言われるんです。「いやあ間違っとりませんよ」、ね、子供が、あそこのりんごがおいしかったと、そのおいしいのを神様に、お供えさせて頂こう、と言うて又ここの前を通ったら、それより立派な、見かけだけですけれども、立派な果物がそこにあった、ね。
だから、いちいちあんばいにしておいしかけんでお供えするというのじゃないけれど、ただ、例えば、言わば、あー、何とはなしにお話をしておるそんな声がですよ、自分が果物を買いに行こうと思うておる所へ、どこどこのりんごがおいしかったと言うなら、そこまでで、少し遠道になるけども、行ってでも買わせて頂こうと言う心。又他の通った所が、又それよりも見事な物が、これはもう、そこでは味では無い、その見事さをお供えするのであり、ここではその素晴らしい味わいをお供えするのである、ね。そう言う心が使えれる様に段々なってくると言う事が有り難いじゃないか、と言うて話した、ね。
あたしも今日はと言うてその(えいじさん?)の時の話をさして頂いた。あたしには縁もゆかりも無い、そのたくさんの、そういう三橋と言う方と一緒に、戦死をされた方達の御霊様への、おー、まあ、お慰めの言葉を一言でも申させて頂くと言う事が、御霊様は喜んで下さる、それはわからんにしましても、自分の心が喜べれる、自分の心が拝めれる。
自分が嫌いで嫌いでたまらん猫でも、もう這いも立ちも出来らんごとなっておるのがです、もうほんにあれは死ねばよかと言うのでは無くてです、それが、立ち上がれるようになっておった、この段々が上がれるようになっておったと言う時に、あたくしの心の中に良かったなあと、「あんたここまでは、ここまでは登ってきたー」ちゅうてから、人に物言うように猫に話し掛けて、はよ、(とよみに?)知らせてやらなければと言う事で手を握らしてやった。
そういう心がです、ね、いつのまにか育つ、信心でそれは、ね、そう言う心が育って行くに従って、あたくしの心の中に、どのような場合でも驚かんで済む、どのような場合でも言わば、安心しておれれる。どのような事柄の中にでも、人が腹を立てておるような事柄の中にでも、神様にお礼を言うような心が育っておる、私が、ね。そういう心が頂けれる事を目指して、信心をしておるからだとあたしは思う、ね。
そして、それはほんとに願わなくても、おかげはこのように頂いておるわけですけれども、ね、そこから、言わば、思わぬおかげと言うか、いや、思い以上のおかげと言う、ね、そういうおかげが頂けてくるおかげを神様が願うておって下さる。皆さん、信心とはね、とにかく「お参りするばかりが能では無い、話を聞くばかりが能では無い、和賀心からも練り出せ」とこう言うて下さるけれども、なかなか練り出しは出来ません。
けれどもですね、そう言う心掛けでおらせて頂く、ね。信心とは、ね、例えば今日鳥栖から参ってきた人が、もう2、3年参って来ておるでしょう。けれども、そのー、朝の御祈念なんかには参って来ない、ただ、お願いがあるときに参ってくる、おかげ頂いたけんお礼参拝して来る、と言う人が今日はたまたま、朝の御祈念にお参りさせて頂いて、「たまには、朝の御祈念にお参りしなければいけません。たまには、先生のお話を頂かなければわかりません」今日はおかげを頂いて親子とも、ほんとに今日は朝参りして良かったねと言うて一番最後に戻って、その、その事をお礼言うて行こうと言うのである、ね。
そこで、どういう事が有り難かったかと言うと、信心の有る者と無い者の違いがその歌の中から、例えば、どこからかわかりませんが、さしたんですけれども、その歌の中からでもです、ね、片一方はただ、人の心の奥が知られるんだけれども、信心をさして頂く者は、神様の心の奥が知れて行くと言う所に、天地ほどのひらきがそこから生まれて来る、ね。それにはです、はあ、朝参りをさせて頂かなければ、そう言う神に心を向ける所からですね、あたしは頂けれるんだと言う風に思うんです、ね。
神の心が段々、神様の心が深く分かって行くと言う所に、信心の喜びが有る、そこで、ね、信心、おかげを頂くだけじゃなくて、信心を頂け、信心を頂けとこう言われる。もう信徒会なんかじゃもうこればっかり、おかげ話しよると怒られる、そうなんです。そげな話ばしてからっちから怒られる、おかげ話、いわゆる信心を分かれ、と言うても、前に集まっておるような信徒の皆さんがです、果たしてどてほど信心を求めておるだろうか、ね。
信心を求めると言う事は、あたくしはコツ、ね、表現は違うけれども今日あたくしが言うように、ね、あたくしどもが、どのような場合にでも安心の出来れるような、道を求める。どのような場合でも心に喜べれる道があるならその道を教えて頂きたいと、願わせて頂くんだ、信心はそこを一つ頂かせてもらうんだ、と言う姿勢、ね。今度の御本部参拝でね、教祖110年の祈念のお年頃でございますから、御本部としましても、大変な大きな、あー、「金光大神覚」と言うのが、もうそれこそ10年がかりで計算されておりましたのが、出来あがる。
これは、これはもう、いよいよ、神様の宝です。こう言う、これをあのー、皆さんにもお分け、実費でお分けになるらしいんですよ。ですからこれはもう家の宝としてですね、皆さんもやっぱ求めなさらないけんと思うんですけれども、この中に金光大神様、いわゆる教祖の神様が、お生まれになった時から、ほとんど後晩年の、おー、頃までをですね、神様に書き留めておけと仰って、書き留めておられる。それは全部写真、書き留められておる実際のそれをですね、写真になっておる、(こう言う風に?)
なかなか読みにくい、それを、ここに解釈、こちらに加えてある、それを、これだけの厚さの御本の中に、全部納めてございます。ね、これを、例えば拝読して頂いて思う事なんです。本当に教祖さまというお方は、実意丁寧の権化のようなお方であったなと言う事です。決してね、(きのまた?)からお生まれなさった方でも無からなければ、ね、王様のお子様でもなかった、( ? )ただ、お百姓をさせて頂きながら、ただ、ただ、実意丁寧を貫き通されたと言う事、その、実意丁寧を貫かれたその事が、そのまま、お道の信心の教えなのであります。
いわゆる、教祖様の生きられ方なのです。教祖様の人生観、(庶政?)観、または姿勢観、そのようなものがです、金光大神の生きられ方の中に、その、ここに表れて来るのです。教祖はこの事をどう見られたであろうか、これをどう感じられたであろうか、それが、御信心がお進みになるに従ってです、天地と同根というほどしの、御神格に進まれての、御心境と言うものが、これに、ね、書き綴っておられる間に、ね、自分で述懐しておられます。ずーっと書いて来たのをこれ、ひっくり返し見られてから、どうしてこのような事が出来たであろうかと、言わば手放しに泣いておられます、ね。
泣いておられる時に、神様からお答えがあった。「その方、金光大神が有り難いのではない、悲しいのではない。神が悲しいのだ」と。悲しいと言う事は、悲しいほどに有り難いと言う事、ね、涙が出るほどに、喜ばしいと言う事なんです。金光大神の喜びではない、神の喜びだと仰っておられます。そして、これからまた、次を書けとお知らせを頂きながら、書いておられます、ね。いわゆる、金光大神のその生きられ方そのものが、実意丁寧であると言う事。
ですから、実意丁寧な生き方と言うのをね、あたくしどもがほんとに身に付けなければね、金光大神の御内容と言うのはそれなのです。それを、あたくしどもが会得して行こう、と言うのである、ね。金光大神の、こう、その御内容と言うのが、いわゆる、実意丁寧。ここん所がですね、今晩ここん所をあたくし頂きましたんですけれどもね、教祖のみ教えの中に、「天地、天地日月の心になる事肝要なり」と仰る。
「信心する者は天地日月の心になること肝要だ」と言うような、素晴らしい言葉を持って表現しておられます。それを、あたくし頂きますとどのような事かと言うとですね、感ながらに頂いて行く、実意丁寧なんです、この感ながらという事を抜きにしての実意丁寧は馬鹿と言うようになるごとあります、ね。だから、感ながら信心をさせて頂いて、こうする事が本当だと言う事をです、実意を持って丁寧に生きて行こうと言う生き方が、天地日月の心になること肝要なりである、天地日月ほどに、正確なんです。しかも、実意を、内容としておるものは他にはありません、ね。
こう今年は夏がにへん続く、てな事なかでしょうが、ね、もうそれこそ正確なものなんです。天地の働きそのものが、実意丁寧である、それを、あたくしどもは天地日月の心になることが肝要である、実意丁寧になることが肝要である。しかも、御教えを頂いて、そして、こうする事が本当だという事、成して行くという事が、実意丁寧だという事になるわけです、ね。
金光大神の御内容を頂いて行くには、そういうあたくしは信心の姿勢、心がけというものがまず必要である、ね。そこから、徐々に、ね、安心の度合いと言うかね、喜びの、言わば、あー、深さといったようなものに触れて行く、信心の本当の喜びに触れて行く、ね。だからその事を、あたくしどもは目指しておるのだ、その事を信心と言うのだと言う風に、皆様もわかられたらどうでしょう、ね。
御利益、御利益じゃいかん、信心を求めよと言われたら、何かこうがつっとくるようなものを感じますけれども、あたくしどもそこに実際にですよ、もうリアルなものなんだ、ね。喜びを求めての稽古、どうしたなら喜べるか、どうしたならば、このような難儀な中にあって安心しておれるか、そういう道があるならば、その道を教えて頂きたい習いたいと言う、言わば稽古、それが信心の稽古、ね。
それには、ちょっと(そのその信者さん?)じゃないけれども、やはり、たまには朝参りをさして頂かなければいけません。たまには、先生のお話を頂かにゃ分かりません。たまたま、今日は、信心の有るもんと無いもんの言わば天地ほどに、開いてくる所のその、物の見方考え方と言ったようなものがです、信心の道によって、ね、神の心の奥が知られると言う方に、進んで行かなければいけない、ね。
信心が無いと疑い深くなる、ね、それに難がかかるようになると、おー、いわゆるひがみ根性が強なる、ね、そして、人を呪い、人を恨むようになる、世の中までも呪うようになる。これが、信心の無い人達がいよいよ落ちぶれた時の姿なのだ。信心の有る者はそこからです、そこから、いよいよ神の心が分かっていく、痛うございますけれども、苦しゅうございますけれども、この事を通してこのような事が分からせて頂いて、有り難いと言う事になってくると言う信心がですね、あたくしはそういう信心を、あたくしほんとの信心を稽古させて頂いておる、者の姿でなからなければならん、また内容になからなければならん。
更には、あたくしども金光大神の御内容を御内容としての生き方をですね、自分達の実生活の上に表して行く事に、努めなければならんと思うのでございます。どうぞ。
明渡徳子